黒社会資本主義に警告
2001年の4月から12月の間、全国各級の裁判所が処理した「黒社会」(犯罪組織)
が関わる組織犯罪は三百数件、1万2千名に上った。最近目立つのは裏の社会と表の社会の合流現象である。
一部の党や政府官僚は表と裏の顔を持ち、権力を犯罪組織化させている。遼寧省遼陽の黒社会の中心人物
である曹傑は、元農民。コネと賄賂で遼陽市?二堡経済特区管理委員会の副主任に上りつめ、特区公安分局
の副局長を兼ねた。「優秀若手実業家」でもあり、鎮、県、市、省の人民代表でもあった。普段は警官の
制服を着て、ピストルを携帯。商売上のライバルは彼に出会うのを恐れた。独占と血の臭いによって、
僅か数年で2億元の資産を築いた。 吉林省長春市の黒社会の頭目、梁旭東は1995年に長春市公安局
朝陽区分局に刑事として配属された。自分には三本の刀があると豪語する。自身が公安職員であること、
黒社会の頭目であること、三つにはかばってくれる上部のコネがあることだ。誰もが彼を恐れ、彼に従った。
誰も彼をどうすることもできなかった。黒い勢力は様々な手段で白い社会の一員になりすます。犯罪による
資金で、黒色資本家となり、時には赤い帽子さえかぶる。浙江省温嶺の黒社会の頭目、張畏は八つもの肩書き
を持っていた。湖北省宜都市政治協商会議副主席、台州市青年連合委員、浙江法制新聞社の名誉社長、
台州市青年企業家協会の副会長、浙江東海グループ有限公司の法定代表者兼理事長、上海東盛グループ有限
公司の法定代表兼マネージャー、温嶺恒基実業有限公司の代表兼社長、台州市新世紀装飾工程有限公司の
代表兼社長である。さらに温嶺の別荘の塀に「温嶺市公安局重点保護法人」という看板を掲げた。前温嶺市
公安局長、楊衛中と前市長の周建国は彼の庇護者であった。検挙直前の彼は、なんと一介の大工から数億元
の資産家に上り詰めていたのである。 権勢資本主義に注目すると同時に、中国は黒社会資本主義の芽生え
と広がりを警戒すべき時に来ている。(『南風窓』2004年6月20日)
危険な橋の倒壊が「意外」か
車が橋の上を走行中、突然橋が倒壊、人も車も橋も水中に落ちた。遼寧省で起きたこの事故について、
6月10日の報道で現地政府は「意外な事故である」とコメントした。 資料によれば、盤錦と営口を結ぶ
この橋は少なくとも五年前から「危険な橋」とされてきた。「積載15トン以下、時速20キロ以下、
片側通行」という標識が橋の両側にかけられ、営口側の導入橋には「この橋危険、近づくな」という表示
が掛けてあった。だがこれらの警告は無駄であった。「金さえ出せば汽車だって通れる」と地元の農民は言う。
倒壊時、60トン大型トラックが通過したようだが、現地政府の調査では「農業用車両が一台落水したのみ」
という。2トンに満たない農業用三輪車の通過が橋の倒壊に繋がったのだとしたら、これはもう橋が非常に
危険で使用に耐えない程度であったことの証明ではないか。 もし、橋がある制限の下でなら使用可能で
あったとするなら、走行車両を監督する人を配備しなかった行政は十分な責任を果たしたとは言えない。
もし、使用に耐えない橋でありながら使用していたとしたら、これは重大な行政のミスである。いずれに
せよこれは明らかに人為的事故であって、「意外」なものでないことは明らかだ。
(『工人日報』2004年6月5日)
女児二人なら老後に奨励金
国家人口計画出生委員会の潘貴玉副主任が明らかにしたところによると、『一部の農村の計画出産家庭
に対する奨励および扶助制度の試験的事業に関する意見』が近く国務院の承認を得て、四川省や雲南省の一部
の地域で試験的に実施されるという。これは、農村において子供が一人の場合および、女児が二人の計画出産
実施家庭に対しては、その両親が満60歳になったら一人年間600元の奨励金を支給するという内容だ。
(『京華時報』2004年6月20日)
2000丁の銃を押収
二ヶ月前北海市(広西壮族自治区)銀海区下佳塘村で、43歳の李興さんは同じ村の李「王京」に密造
猟銃で撃たれ死亡した。密造銃の氾濫により、北海市では銃による殺人事件が急増している。北海市合浦県
公館鎮楊屋屯村は、銃製造の村として知られる。村で製造される銃は正規の工場で製造されたものと同じよう
に精巧である。また銃の組立設備一式の購入にもそれほどの資金を必要としない。これら闇の銃の殺傷能力は、
警察用の銃器よりも高いという。多くの者が、密造者から一丁300元、500元で買い取った銃を、800元、
1500百元という値段で転売して暴利を得ている。 北海警察は特別取締りを行い、九ヶ月間で2000丁
の銃を押収している。(『新京報』2004年6月21日)
工業団地が幹部の別荘地に
河南省鎮平県は、決して裕福な地域ではない。しかし、17の生産企業の敷地内に500以上の洋館の別荘
が建っている。元シルク紡織企業の職員は自宅で記者の取材を受け「この雨漏りのひどい家にさえ、もう住め
ない。土地を会社が売ってしまったから。」と話す。その一方でこのボロボロの団地からほど近い工場地帯には、
立派な別荘がいくつも建っている。では誰がその別荘の住人なのだろうか。元鎮平県有線電話工場の職員、
?建民さんが教えてくれた。あの二つが社会保障局長の、その向こうの赤いドアの三棟は政治協商会議主席、
王耕旭が建てた。これが国税局局長の、それは前の工場長、張保同のだ。あの服が掛けてあるのが都市建設局
局長の、西よりのは水道局局長、さらに西側のは環境保護局副局長、手前が城関派出所の指導員の別荘だ。
鎮平県は、1997年河南省政府から国営企業改革のモデル県に指定され、34の国営企業に対して制度改革
が行われた。6年の改革の後、90%が破産か操業不能になり、80%の従業員が職を追われた。失業者の7割
が生活保障金さえ貰えない。工場の責任者は工場の敷地などを担保にして高利で政府や関係機関から借金をし、
借金の返済期限が来たため、裁判所は担保の土地や生産設備を競売に出した。こうして工業団地は別荘地へと
変貌したのである。(『新華毎日電訊』2004年6月21日)
農村児童に栄養不良
「医師が肝機能検査をしようとしたら、殆どの子供が採血すらできなかった。深刻な栄養不良が原因だ。」
と黒龍江省泰来県第三中高等学校の李志軍校長は記者に語った。17歳の高校一年生、尹智星は一食当たり僅か
八十銭しか使わない。饅頭一つと惣菜半皿というところだ。「夜はお腹が空いてたまらず、ベッドでうずく
まって耐える。」という。父親が肺の病気のため、家計は薬代で消える。飢えが飢えを呼ぶ暮らしが三年ほど
続いている。貧困生活で子供たちは両親の苦労を感じ、節約を知っている。安達市安達鎮で董さんの家の三姉妹
に会った。漬物とジャガイモで一冬過ごす。高校受験を控えた二女は、毎日大きめの握り飯を一つだけ、冷たく
ならないように、ズボンのポケットに入れて登校しているという。取材中によく耳にしたのは「学校へ行かせる
為に借金する」という言葉。 泰来県克利鎮克利郷の斉長英さんは「私は53歳だが、若者並みに働かねばなら
ない。必死に働いても学校に上げられない。40ムー(約2.6ヘクタール)の畑を耕すだけでは一学期の学費
にもならず、子豚の飼育もしている。」と苦笑いする。農村の小学校や分校の多くが郷、鎮、村の合併に伴い廃止
され、遠くまで通わねばならない子供が増えた。泰来県勝利郷二龍村の王宝成さんは、「孫娘は毎日片道4キロの
距離を、雨の日は二時間も歩いて通学していた。中学一年生まで通ったが続かなくなった。」と言う。「昔は10
キロ近い山道を通うのは苦労だと言われたが、今は普通のことになっている。」大同区八井子中高校の張文軍副
校長は語る。「農村の子供たちは学校に通うために大変な苦労をしている。彼らにとって、『上学(通学)』という
文字は単に教室や教科書を意味するだけでなく、様々な面での試練になっているのだ。」
(『新華毎日電訊』2004年6月29日)

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