二極化する都市
最近の取材の中で、天津の農民労働者たちは一様に都市の人々との交流がないことに悩み、
本当の意味で都市に受け入れられていないと感じていることがわかった。都市の市民と農村
から来た人というくくり方で、一つの都市の中に二つの社会が存在するという現象が深刻化している。
今年39歳の馮俊岩さんは安徽省太和県の出身で、1994年に妻を連れて天津に新しい生活を求めて
やってきた。くず拾いから始め、野菜売りや果物売りをして、今では多少の蓄えもあり、二台のトラックも
持っている。10歳の息子も天津で就学し、どちらかといえば成功したといえるだろう。しかし、この十年間、
天津の人とは一人も友だちになっていない。俗に、家を出たら友が頼り、というように、彼も多くの友人に支
えられ頑張ってきた。彼らは安徽省の同郷であったり、その他の地域から天津に働きに来た者たちであった
が、つまり皆「同類の者」だけであり、都会の友だちはいなかった。交流したくなかったわけではない。努
力もしてみたが、結局都会人は彼らを軽視している。力仕事がある時は思い出して、満面の笑みで迎えても、
仕事が済めば用済み。踵を返して去って行く。都市や都市の人々を前にして、農村出身者たちは行き場の
なさを共通して感じている。「我々の子供の多くが天津で就学している。いつか自分たちが天津にいられ
なくなる日が来たら、子供はどうなるのだろう。故郷に帰っても適応できるわけがない。結局何とか
手立てを考えて天津に住み続けるほかにない。」都会の人は我々を見下しているが、我々は都市にとって
欠くことのできない一要素である、都会人は我々なしに生活できない。もし、我々が全て故郷に帰って
しまったら都市は正常に機能しないであろう。今や我々は都市の風景としても機能としても完全に都市と
一体であり、我々が少し進めば、都市は大きく進む。毎日のように都市化の促進と都市部と地方の格差の
縮小が叫ばれる中、農民労働者が「曹操の軍営にありながら、心は漢にある」ような心境に長期にわたって
置かれていることは非常に不利なことではないだろうか。(『新華毎日電訊』2004年7月26日)
副業に忙しい大学生
ハルビン市の大学では営利活動に熱心な学生が増えている。ある芸術学院の学生は言う。僕は
農村の出身で入学一年目は学費も生活費も親が高利で借りた金だった。僕は三人の大学の友人と
バンドを組み、結婚式での演奏を専門に始めたところ、今では休日のたびに六件から七件の仕事が
入り、月五千元は稼げるようになった。ある大学四年生の話だ。彼のクラスにはいつも授業をさぼり
働きに行く学生がいた。英語は四級すらとれなかった。しかし結局誰よりも給料の良い就職先を
見つけたのは彼だ。採用した側の言い分はというと、成績よりも経験が物を言うというのだ。この
ことはさらに多くの学生が営利活動に励む一因となった。黒龍江省社会科学院社会学研究員の趙氏は
「学生商人」の出現は悲しいことだと語った。
(『中国改革報』2004年7月23日)
なぜ回族に多い百歳
我国の百歳以上の老人は人口100万人あたり平均5人である。しかし、全人口570余万人の
寧夏回族自治区には実に77名もの百歳老人がいる。そして、うち50名が回族である。
回族の老人が長寿であるのは、その独特な生活習慣と関係がある。回族の民間に伝わる養生訓でも
「回族が長寿なのは、節食と喫茶とあっさりとした食事」と言われている。回族老人の生活はとても
紀律正しく、毎日の食事の量や飲み物の量、摂取する時間はきちんと決められている。呉忠市馬蓮渠郷
の102歳の老人、楊生蘭さんは、「私は偏食したことはありません。量も少ないし、粗食です。」と言う。
回族の老人は夜食をほとんど取らない。夜食を控えれば99歳まで生きると言われている。これは
消化能力が弱く、足腰が衰えた老人にはとても重要なことだ。回族はお茶好きな民族だ。「三香茶」
「白四品」「紅四品」などを楽しむ。飲める人は「五珍茶」や「八宝覆碗茶」も楽しみ、冬には
「羊骨髄茶」「クコなつめ茶」などで力を養い、衰えを抑える。各種の銘茶に配合されているのは、
クコ、ナツメ、ゴマ、クルミ、干し葡萄、竜眼、ドライフルーツなどである。その他回族が飲酒や喫煙
を禁じていることも健康維持につながっているのだ。(『人民日報・海外版』2004年7月19日)
貧困層人口が増加に転じた背景
中国の貧困層人口は改革20数年来で初めて増加に転じた。国務院扶貧弁公室主任、劉堅は、
「昨年、平均年収637元以下の極貧層人口は改革が始まって以来初めて増加に転じ、80万
人増加した。」と明らかにした。同弁公室の資料によれば、2003年全国の多くの省で貧困人口は
減少したが、一部の地域では増加した。その増加数は黒龍江省で43万人、陜西省で37万人、
安徽省で66万人、河南省で53万人に上った。そのため全国的には80万人の増加となったのである。
「天災は貧困層増加の大きな原因である。」と国家扶貧弁公室政策法規グループの何平リーダー。
「2003年の災害は1998年の洪水のように大きく取り上げられなかったが、影響を受けた地域が非常
に広汎であった。所謂洪水は線の被害、干ばつは面の被害といわれる所以である。」河南省では風や雹
(ひょう)の被害が多く、気象観測史上の新記録であった。黒龍江省西部では近年まれにみる大干ばつで、
省内で農業十強に数えられてきた訥河県の収入は例年の二、三割ほどしかなかった。また、2003年
の新型肺炎の流行も貧困人口増加の原因の一つである。新型肺炎が流行したのは主に都市部であったが、
貧困層の農民たちが都市で働くのに影響があったことは問違いない。国家が指定する592の貧困県
からの昨年の出稼ぎ労働者数は、2002年に比べ二割減っている。物価の変動を差し引いても、
農民の平均収入のうち、給与所得が占める割合は昨年度比10%以上減っている。1997年から農民の
平均収入は低迷が続いており、2003年も実質わずか4.3%の伸び率と昨年の伸び率を更に下回った。
収入が伸び悩む中、一度災害に遭えば簡単に貧困層に戻ってしまうのである。
(『南方週末』2004年7月29日)
上海で増える若い失業者
上海の某大学法学部の卒業を控えた王さんは、上海での就職を目指して今年初めから様々な就職相談会
に臨んだが、どれも失敗してしまった。最後に彼は広東省東莞の銀行に就職が決まって、上海を離れる時、
「上海は大きい、就職競争のプレッシャーはもっと大きい。上手くいかないね。」と記者に語った。
最新のデータによれば主要な失業年代であった四十代に代わって二十代が失業の主体となりつつある。
そしてそのうちの高学歴の若者も増えている。しかし、実際のところ上海企業の卒業生に対する求人情報は
毎日一万件以上にも上っているのである。この怪現象について調べると、興味深いことに、そこには三つの
扉が隠されていることがわかった。一つは虚栄の門である。上海の卒業生の問には「攻守同盟」が存在する
という。これは、月給三千元以下では雇用契約にサインしないというもので、中には八千元というものも
あるという。大学卒業生の給与条件に対する期待は企業側の予想と大きくかけ離れていて、そのために何時
までも就職先が決まらないのである。二っには高すぎる敷居である。現在の求人市場においては、求職者
に一定の職業経験を求めている。しかし卒業生の35%は実務経験が乏しいために仕事が見つからないので
ある。三つ目には狭き門である。一部の大学の専攻科目は求人市場の求めるものに繋がらないのである。
例えば「××液体工作機械制御」という専攻科目は毎年新しい求人はほとんど無く、それを専攻した学生は
失業を余儀なくされるのである。
(『新華毎日電訊』2004年8月4日)

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