貧富の少年入れ替わる
テレビ番組の企画で、ゲームにはまって中一から二年間不登校の都会の少年と農村
から出たことのない貧しい少年が一週間入れ替わった。都会の子は農村の親が借金
して作った食事も口に合わず、寝床も合わない。農村の学校でコンピューターの
講師を務め、インターネットゲームの悪を語る。大雨に遭い、農村の父と肉体労働
をして20元稼ぎ、黄河を見て自分の家族を思って泣く。都会に帰る前日、沐浴
をさせようと目の不白由な農村の父親が水を汲んでくる途中転んで怪我をしてしまう。
別れ際農村の両親の前でひざまずき涙ぐむ都会の子。
農村の子は生まれて初めて飛行機に乗り、自家用車で高速道路を走った。豪華な食卓
に緊張して箸を5回も落とした。テレビ、ゲームに夢中になり、山盛りのお菓子を
買った。公園や動物園で遊び、本を買った。ある日都会の母の職場である印刷所を
手伝ったがつまらないと思った。新聞売りをして都会の人も大変だと感じた。帰郷
にあたり、都会の両親から自転車が贈られる。思いがけず故郷の父が怪我をしたこと
を知り、早急に帰郷を決意。空港で都会の母の抱擁を拒絶し、涙をぬぐい去っていく。
勉強だけが唯一の出口、大学へ行かなければ故郷の山を出ることはできないと彼は言う。
視聴者の感想は、今回の経験で少年たちの将来は変わるだろうと感じた。都会の子の
よい面はあまり見られなかった。ほとんどの人が農村の子が帰郷をいやがるのでは
と心配したが、彼が自分の立場を知っていたことに感動した。農村の子にとっては
はかない夢に過ぎず、幼い心がこの落差と不公平をどう受けとめたか知る由もない。
彼の身になれば残酷なことで負の効果の方が大きいのではという意見もあった。
(『新民晩報』2006年9月18日)
道徳は金で買えるか
新聞報道によれば、北京公共交通集団はオリンピック文明サービス三年計画を実施中で、
来年は進んで老人や幼児、病人や身体障害者、妊婦に席を譲った乗客を「明星乗客」と
して表彰を行い奨励するという。
商品経済の中、席を譲る行為はまるで稀有な出来事のようになってしまった。それなら
経済的手段で道徳を挽回するというのも、道理があるようにも見えるが、これは間違いだ。
道徳と物質による奨励は矛盾している。有償で席を譲るのでは真の君子といえるのか。
二年前河南省確山県で「道徳貯金」が行われた。各村で村の善行、善人について記録を
とり、年末に優秀者を表彰するのだ。一時はもてはやされた方法だが新鮮味がなくなる
につれ、村から消えていった。「道徳貯金」にどこか似ている「有償譲席」の前途は
あまり期待できないと思うのだが。(『華商報」2006年10月24日)
公務員の苦と楽
来年度の公務員の募集では人気のポストは倍率4,200倍という。数名の公務員経験者
に「公務員事情」を聞くと、「長かったが、真面目にやっていればきっと見返りがくる」と
言う。昨年やっと貴州省労働組合総会社会保障部に職を得た李さん。2002年に大学を
卒業後、高校で教鞭をとったが、より大きな活躍の舞台を求め公務員試験に挑戦を決意。
三年目にして見事160人中筆記で一位、総合成績二位で現職を得た。これから受験を
考える人に贈る言葉は「苦労もするし、試験は厳しい。ポストを選ぶ時はどの程度の飯を
食える器かを考えるべきだ」とアドバイス。
三十歳の顔さんは大学の師範過程を卒業後、重慶の大企業の子弟が通う高校の教師になった。
五年前、普通であることが嫌で、望んで激しい競争の中に飛び込む。しかし、白分は公務員
に向いていないと思う。まず、内向的で人付き合いが下手なので、せっせと働いても昇進や
表彰の対象に選ばれない。また、公務員生活は重苦しい。政府の管理部門の職員として何事
も規律通り進めねばならず、時に口論になっても、怒りは腹に収めねばならない。さらに、
公務員には達成感が乏しい。所長や局長になれるのはほんの一部で、あとは清貧で名も無く
生きている。顔さんは自分は能力もあり、認められたいと思うので、大学で講師になり、
自分なりに価値のある人生を実現したいと考えている。
劉さんは北京の国家機関に配属されてまだ三ヶ月。人々が想像するような「お茶を飲んで、
報告して」という公務員生活は誤解だと感じている。6時40分に起床、8時に出勤、12時
に昼食、午後1時に仕事に戻り、職場で夕食後また残業の毎日だ。だが、国全体に関わる仕事
をしていると思うと言葉には表せない力が湧いて来る。最も印象深いのは研修時の上司の話だ。
地位が上がるに従い、どんな誘惑が待っているか、一歩間違えれば失うものの大きさを実例
を挙げて説いた。加熱する公務員試験について、劉さんのコメントは「旧来の本の虫タイプ
ではいい事ないわよ。」(『工人日報』2006年10月30日)
退路なき農民工二世
1984年中央の一号文書により農民が都市に労務者として入ることが許されてから20年、
以前と同様多くの人が農村から出てくるが、その姿は少しずつ変化してきた。袋を担ぐ姿は
減り、スーツケースを持つ人が増えた。土まみれで朴調な人は減り、身なりのよい自信に
満ちた表情の人が増えた。
外見だけでなく、世界観も価値観も変わった。20年の間で農民工も世代が交代した。二世
たちは新しい姿で歴史の舞台に立っている。父母の世代とは違い、彼らに退路はなく、都市
に溶け込みたいと強く願う潮流である。
農民工は今や1億2千万人以上となった。その第二世代は中学卒業以上の学歴がある。ほとんど
が未婚で家庭の負担が少ない。多くが学校を出てすぐに都市で働き、農業の基本的知識もない。
彼らは都市で稼ぐだけでなく、農民の生活観や生活方式の上で都市住民との壁を打ち破り都市に
溶け込みたいと考えている。
重慶の企業で運搬係として働く張宏偉は四年前に妻と数百キロ離れた県から出てきた。彼らの
一人息子張思路も中学卒業後都市に来てスーパーマーケットで荷出し係をしている。身なりに
構わぬ父と違って息子は髪を茶色に染め、ブランドのトレーニングスーツを着ている。「ここに
来たその日から、二度と農村には戻らない、死んでも農民にはならないと決めた。」と思路くん。
第一世代の農民工は自分たちは一時の客に過ぎず、帰るところは農村と考えた。第二世代は
都市こそ自分たちの新たな未来と考えてやって来る。しかし、都市の生活は金が掛かり、厳格
な戸籍制度や社会的差別などが彼らの夢を打ち砕く。
一方、都市で目にするもの耳にするものが彼らの故郷への想いを消し去り、彼らは都市に溶け
込むことも故郷に帰ることもできず境を彷徨うう存在となっている。農民工が代替わりして
変わっても、都市は変わらず、農民工は相変わらず充分な社会保障や政策に恵まれず、社会的
蔑視を受ける。
第一世代には農村に帰るという選択肢があった。しかし、志は高いが技術力の低い第二世代は
都市に根付く事ができなくても農村に帰る気持ちはなく、帰農する能力もなく、どちらつかずで
ある。
彼らの市民化が迅速に解決されなければ社会の安定を揺るがす原因となろう。彼らの労働権益
と失業の場合の保障をする必要がある。すでに第二世代の農民たちは、はっきりとした信号を
発しており、政府は都市と農村の壁を打破する作業を速める必要がある。
(『半月談』2006年第6期『文摘報』11月5日)

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